日本語について少し考えさせていただきました。
野口恵子「かなり気がかりな日本語」「バカ丁寧化する日本語」を一気に読む。
ずいぶん前からこの手の“日本語本”はたくさん出ているけれど
この2冊はわたしの読みたいことが書かれていて、よかった。
ベトナムから日本に帰ってきて、テレビや街で聞く日本語がやたらと気になる。
もともとそういうのが気になるタチではあったのだけど
日本語教育に携わったからだろうか、今のは聞き流せないなという場面が少なくない。
なかでもいちばん気になるのが「させていただく」の多用(濫用)。
ミュ-ジシャンが「○月○日に新曲を出させていただきました」というのが気になる。
続けて「今回は○○というのをテーマに詩のほう書かせていただきました」というのが気になる。
2つめにいたっては「詩のほう」というのも気になる。
謙遜している(つもり)のかもしれないけど、やたらと「させていただく」と言われると
なんだかイライラしてしまう(わたしだけですか)。
本屋では「こちらカバ-のほうかけさせていただいてもよろしいでしょうか」と聞かれる。
日本語が気になりつつも、とりあえず「はぁ」と言うと「失礼しま-す」と店員。
おまけに「輪ゴムのほうもかけさせていただいてもよろしいでしょうか」と来た。
もう笑うしかない。
(このことは「バカ丁寧化する日本語」にもたくさん書かれていたので
わたしのように気になっている人はぜひ読んでみてください)
かくいうわたしも日本語を教えていたといっても、言葉遣いに自信があるわけではない。
はっきりいって敬語なんかは、使うのも教えるのも苦手だ。いや“チョ-”苦手だ。
だから敬語を教えるときは、教案を何度も見直し、テキストの簡単な練習問題にも予め答えを書き込んで
さらにネットの“社会人のための敬語チェック”のようなものもやった上で授業に挑んでいた。
間違った日本語を教えることはできないからだ。
外国人に日本語を教えるとき、特に初級では“正しい日本語”しか教えない。
“正しい”というのもおかしな話だけど
たとえば、普段わたしたちは「明日学校行く」「ごはん食べる」と助詞を省略することが多いけれど
初級の学生には「明日学校へ(に)行く」「ごはんを食べる」と助詞を入れた形を教える。
日本人にとってそこにどんな助詞が省略されているのかなんていうことは考えるまでもないことだけど
彼らは助詞「へ」「を」にはどんな意味があるのか、どんな言葉と結びつくのか覚えなければいけない。
また「明日に」とは言えないけれど「明日」の部分が「8時」だったら「8時に」になるし
もしその部分が「1週間( )3回( )」という問題になっていたら、
それぞれ(に)、(×)もしくは空欄になるというような法則を覚えなければならない。
「ごはんを食べる」にしても、「箸( )ごはんを食べる」なら(で)だし、「箸( )使って」なら(を)になる。
そんなことを必死に覚えて、ある日唐突に
「実は日本人は会話では助詞使わないことが多いんだよね、えへへ~」なんて言われたらどう思うのだろうか。
同様に、近年広がりつつある(実はわたしもつい使っている)「食べれる」などの“ら抜き言葉”
「働かさせてもらいます」などの“さ入れ言葉”も間違いとして、紹介するのにとどめ“正しい日本語”を教える。
学生は、日本語はかくあるべき、というきっちりとした日本語を身につけるように指導される。
しかし先の本屋の店員の「こちらカバ-のほうかけさせていただいてもよろしいでしょうか」なんて
どうやって説明しろというのだろう。
そんなふうに教室で習った日本語と、実際に日本人が使っている日本語が違う
つまり、教室で習った日本語が実生活で使えないじゃないか-! というのが
現在の日本語教育のひとつの問題点であり、学生の悩み(いや怒り)なのであろう。
最近では実生活で使える日本語を、というのをウリにしたテキストもたくさん出ていて
「○○さんってデキ婚なんだって~」という文が載っていたりして少々驚かされるのだけど
「食べれる」「見れる」がすっかり定着した今、口が痛くなるほど「食べられる」「見られる」の練習を
しなければならないものか、とも思ってしまう。
わたし自身そういう日本語のズレに関して、まだ、こうすればいいという答えは出ていないし
もし今後また日本語を教えることになったら、どうしていくのがいいんだろうと悩む。
その人に合った、その人が必要な日本語を、というのはもちろんそうだけど
でもよほど限定した目的か、短期滞在の外国人以外には
わたしは“正しい日本語”を身につけてほしい、と思っている。
基本を知った上で何を選択していくかは自由、どう崩していくかは自由。
コミュニケ-ションがきちんと取れることがいちばんの目的だから。
でも使う相手と使う場面を間違ってはいけない。
そう、そんなふうに思っていたのだ。
でも帰国して、日本語を自在に操る韓流アイドルたちに衝撃を受けたのも事実。
彼らは“正しい日本語”より“使える日本語”それも今まさに同世代の日本人が使っているのと同じ日本語を
知っている。どうやって勉強したんだろう。だれがどうやって教えたんだろう。
わたしにはできないと思ってしまった。でもこれから日本語学習に対するそういうニ-ズもあるだろうし
“正しい日本語”に拘るのも無理があるかもしれない。…むずかしい。
でも日本人のわたしにとって、日本語教育に少しでも関わったわたしにとって、いちばん大切なのは
自分自身が正しい日本語を身につけることだな-と本を読んで改めて思った。
日本語を学んでいる外国人にきちんと説明できるような日本語を使っていきたいと思った。
言葉は時代とともに変化するし、テレビなんかの影響で少数派の言葉使いがだんだん多数派になって
やがて主流になっていくような傾向は今後も続くだろうし(お笑いの人の影響力ってすごいと思う)
そういうなかでわたしも影響を受けてしまうんだろうけど
でも“正しい日本語”がわからなくなってはいけない、と思った。
わかった上で、どんな日本語を使うのかというのを選択していこうと思った。
そしていつまでも言葉に敏感であり続けたい。
本を読んで、自分の敬語の間違いにも気付いたから(やっぱり…)敬語は復習しないといけない。
(まずはコミュニケ-ション能力だろ、という話もあるが)
あと本に“レジ袋いりませんカ-ド”についても書かれていて、うれしかった。
そんなの口で言えばいいだろ、と常々思っていたので。
光文社新書の装諦はアラン・チャンという事実も知った。
長くなったので、ここらへんで終わらさせていただきたいと思います、という日本語ももちろん間違い。
ずいぶん前からこの手の“日本語本”はたくさん出ているけれど
この2冊はわたしの読みたいことが書かれていて、よかった。
ベトナムから日本に帰ってきて、テレビや街で聞く日本語がやたらと気になる。
もともとそういうのが気になるタチではあったのだけど
日本語教育に携わったからだろうか、今のは聞き流せないなという場面が少なくない。
なかでもいちばん気になるのが「させていただく」の多用(濫用)。
ミュ-ジシャンが「○月○日に新曲を出させていただきました」というのが気になる。
続けて「今回は○○というのをテーマに詩のほう書かせていただきました」というのが気になる。
2つめにいたっては「詩のほう」というのも気になる。
謙遜している(つもり)のかもしれないけど、やたらと「させていただく」と言われると
なんだかイライラしてしまう(わたしだけですか)。
本屋では「こちらカバ-のほうかけさせていただいてもよろしいでしょうか」と聞かれる。
日本語が気になりつつも、とりあえず「はぁ」と言うと「失礼しま-す」と店員。
おまけに「輪ゴムのほうもかけさせていただいてもよろしいでしょうか」と来た。
もう笑うしかない。
(このことは「バカ丁寧化する日本語」にもたくさん書かれていたので
わたしのように気になっている人はぜひ読んでみてください)
かくいうわたしも日本語を教えていたといっても、言葉遣いに自信があるわけではない。
はっきりいって敬語なんかは、使うのも教えるのも苦手だ。いや“チョ-”苦手だ。
だから敬語を教えるときは、教案を何度も見直し、テキストの簡単な練習問題にも予め答えを書き込んで
さらにネットの“社会人のための敬語チェック”のようなものもやった上で授業に挑んでいた。
間違った日本語を教えることはできないからだ。
外国人に日本語を教えるとき、特に初級では“正しい日本語”しか教えない。
“正しい”というのもおかしな話だけど
たとえば、普段わたしたちは「明日学校行く」「ごはん食べる」と助詞を省略することが多いけれど
初級の学生には「明日学校へ(に)行く」「ごはんを食べる」と助詞を入れた形を教える。
日本人にとってそこにどんな助詞が省略されているのかなんていうことは考えるまでもないことだけど
彼らは助詞「へ」「を」にはどんな意味があるのか、どんな言葉と結びつくのか覚えなければいけない。
また「明日に」とは言えないけれど「明日」の部分が「8時」だったら「8時に」になるし
もしその部分が「1週間( )3回( )」という問題になっていたら、
それぞれ(に)、(×)もしくは空欄になるというような法則を覚えなければならない。
「ごはんを食べる」にしても、「箸( )ごはんを食べる」なら(で)だし、「箸( )使って」なら(を)になる。
そんなことを必死に覚えて、ある日唐突に
「実は日本人は会話では助詞使わないことが多いんだよね、えへへ~」なんて言われたらどう思うのだろうか。
同様に、近年広がりつつある(実はわたしもつい使っている)「食べれる」などの“ら抜き言葉”
「働かさせてもらいます」などの“さ入れ言葉”も間違いとして、紹介するのにとどめ“正しい日本語”を教える。
学生は、日本語はかくあるべき、というきっちりとした日本語を身につけるように指導される。
しかし先の本屋の店員の「こちらカバ-のほうかけさせていただいてもよろしいでしょうか」なんて
どうやって説明しろというのだろう。
そんなふうに教室で習った日本語と、実際に日本人が使っている日本語が違う
つまり、教室で習った日本語が実生活で使えないじゃないか-! というのが
現在の日本語教育のひとつの問題点であり、学生の悩み(いや怒り)なのであろう。
最近では実生活で使える日本語を、というのをウリにしたテキストもたくさん出ていて
「○○さんってデキ婚なんだって~」という文が載っていたりして少々驚かされるのだけど
「食べれる」「見れる」がすっかり定着した今、口が痛くなるほど「食べられる」「見られる」の練習を
しなければならないものか、とも思ってしまう。
わたし自身そういう日本語のズレに関して、まだ、こうすればいいという答えは出ていないし
もし今後また日本語を教えることになったら、どうしていくのがいいんだろうと悩む。
その人に合った、その人が必要な日本語を、というのはもちろんそうだけど
でもよほど限定した目的か、短期滞在の外国人以外には
わたしは“正しい日本語”を身につけてほしい、と思っている。
基本を知った上で何を選択していくかは自由、どう崩していくかは自由。
コミュニケ-ションがきちんと取れることがいちばんの目的だから。
でも使う相手と使う場面を間違ってはいけない。
そう、そんなふうに思っていたのだ。
でも帰国して、日本語を自在に操る韓流アイドルたちに衝撃を受けたのも事実。
彼らは“正しい日本語”より“使える日本語”それも今まさに同世代の日本人が使っているのと同じ日本語を
知っている。どうやって勉強したんだろう。だれがどうやって教えたんだろう。
わたしにはできないと思ってしまった。でもこれから日本語学習に対するそういうニ-ズもあるだろうし
“正しい日本語”に拘るのも無理があるかもしれない。…むずかしい。
でも日本人のわたしにとって、日本語教育に少しでも関わったわたしにとって、いちばん大切なのは
自分自身が正しい日本語を身につけることだな-と本を読んで改めて思った。
日本語を学んでいる外国人にきちんと説明できるような日本語を使っていきたいと思った。
言葉は時代とともに変化するし、テレビなんかの影響で少数派の言葉使いがだんだん多数派になって
やがて主流になっていくような傾向は今後も続くだろうし(お笑いの人の影響力ってすごいと思う)
そういうなかでわたしも影響を受けてしまうんだろうけど
でも“正しい日本語”がわからなくなってはいけない、と思った。
わかった上で、どんな日本語を使うのかというのを選択していこうと思った。
そしていつまでも言葉に敏感であり続けたい。
本を読んで、自分の敬語の間違いにも気付いたから(やっぱり…)敬語は復習しないといけない。
(まずはコミュニケ-ション能力だろ、という話もあるが)
あと本に“レジ袋いりませんカ-ド”についても書かれていて、うれしかった。
そんなの口で言えばいいだろ、と常々思っていたので。
光文社新書の装諦はアラン・チャンという事実も知った。
長くなったので、ここらへんで終わらさせていただきたいと思います、という日本語ももちろん間違い。
知らない街に行ってみた
知ってる駅からバスに乗って
知らない街に行ってみた
電車は
街の点と点をつないでるという感じだけど
バスは
街の中へ中へと進んでいく感じ
う、なんかうまく言い表せないけれど
高揚感と少しの不安を音楽に乗せて
バスは行く
知らない街の高いビルに上って
上から知らない街を見た
知らない街の空気は
きりりと冴えていた
そして
知らない街で聞いた新しい話は
なんだかみずみずしい感じがした
それでわたしは
知らない街から電車に乗って
知ってる街に出た
やっぱ電車は
点と点だ、と思う
うっすらだけど
ぼんやりだけど
ちょっとなんか
見えたような気がする
旧正月に想うこと..
ベトナムは今、テト(旧正月)だな。
お世話になったみなさま
Chúc Mừng Năm Mới!!
みなさまの日々が素晴らしいものでありますように。
と、まぁこんなところに書いたところで
意味はないんだけど。
思えば去年の今ごろはどん底だったな-。
あの頃の日記にはこう書いてある。
わたしの毎日から色が消えた。
世界が薄汚い灰色に見える。
いろんなものを失った。
小さな小さなものや
信じていたもの
それにわたしの居場所や希望…
ぜんぶ大切なものだった。
人を責め、自分を責め
取り戻せないものを想っては泣いていた。
その日記の続きには
本当にひどく醜い言葉ばかり並んでいる。
完全に悲劇のヒロインぶってた。
(ま“ぶってた”って言えるのは今だからで)
どうやってどん底から這い上がったんだろう。
仕事したり、人と会ったり、人と話したり
そんな何気ない日々を重ねて
傷が癒えていったのかな。
手ぶらでも生きていけるんじゃんね。
や、手ぶらなんかじゃなくて
まだちゃんと大切なものを持ってたんだな。
傷は傷。消えない。
でも古傷ってなんか嫌いじゃない。
その痛みとか、いろんなもの
ぜんぶひっくるめて愛おしいじゃない。
傷がある人のほうが強い。
優しさだって知ってる。
きっと。
とっくに世界に色は戻ってきてる。
昨日はきらきらの銀世界だったよね。
お世話になったみなさま
Chúc Mừng Năm Mới!!
みなさまの日々が素晴らしいものでありますように。
と、まぁこんなところに書いたところで
意味はないんだけど。
思えば去年の今ごろはどん底だったな-。
あの頃の日記にはこう書いてある。
わたしの毎日から色が消えた。
世界が薄汚い灰色に見える。
いろんなものを失った。
小さな小さなものや
信じていたもの
それにわたしの居場所や希望…
ぜんぶ大切なものだった。
人を責め、自分を責め
取り戻せないものを想っては泣いていた。
その日記の続きには
本当にひどく醜い言葉ばかり並んでいる。
完全に悲劇のヒロインぶってた。
(ま“ぶってた”って言えるのは今だからで)
どうやってどん底から這い上がったんだろう。
仕事したり、人と会ったり、人と話したり
そんな何気ない日々を重ねて
傷が癒えていったのかな。
手ぶらでも生きていけるんじゃんね。
や、手ぶらなんかじゃなくて
まだちゃんと大切なものを持ってたんだな。
傷は傷。消えない。
でも古傷ってなんか嫌いじゃない。
その痛みとか、いろんなもの
ぜんぶひっくるめて愛おしいじゃない。
傷がある人のほうが強い。
優しさだって知ってる。
きっと。
とっくに世界に色は戻ってきてる。
昨日はきらきらの銀世界だったよね。
韓国な日。

ある日のこと。
韓国映画「哀しき獣」鑑賞。
原題は「黄海」。そのままじゃいけなかったのか。
「チェイサ-」のナ・ホンジン監督×ハ・ジョンウの本作。
バイオレンスシ-ン満載で、なんか感覚が麻痺する。
わたしは「チェイサ-」のほうが好きだな。
からの~
大久保にて韓国料理♪♪ 食べすぎです。
写真には写ってませんが、チャミスルも空けてます。
初雪ド-ナツ
東京に初雪。 予報どおり。
天気予報って当たらないと、むむむってなるけど
雪は、なんとなく、突然にってほうが
浪漫があるってもんじゃないかい。 ね。
ダイヤモンドダストっていうの、一度は見てみたい。
でも北海道のマイナス30度とか、想像すらできない。
何着ればいいの、みたいな。
あぁ、こんな日はダレカと話したくなるよね。
雪だね、とか、寒いね、とか、きれいだね、とか、そんな話を。
で、ついでに、ほろりと感情を吐露してしまったりして。
ドキュメンタリ-見てて、給食のおばちゃんとか、町工場の人とか、
養豚場の人とか看護師とか、みんなすごいかっこよく見える。
なにかのために、まっすぐ、一生懸命生きてる人って
やっぱりかっこいいんだな。
人の役に立つとか、人を感動させるとか、人を笑顔にさせるとか、
ホントそういう、人を“動かす”力ってすごいな。
最近は変な夢ばっか見る。スト-リ-も場面設定も摩訶不思議だし
なんでこの人? っていう人がよく出てくる。
それがわたしの深層心理だとすると…、どういうこと? 謎だらけ。
今日のおやつはハリッツのド-ナツ。
シナモンのと、クリ-ムチ-ズの、半分こずつにしたら
ド-ナツの穴は穴じゃなくなって、端っこになった。
あ、もう朝。夢の世界へ。
天気予報って当たらないと、むむむってなるけど
雪は、なんとなく、突然にってほうが
浪漫があるってもんじゃないかい。 ね。
ダイヤモンドダストっていうの、一度は見てみたい。
でも北海道のマイナス30度とか、想像すらできない。
何着ればいいの、みたいな。
あぁ、こんな日はダレカと話したくなるよね。
雪だね、とか、寒いね、とか、きれいだね、とか、そんな話を。
で、ついでに、ほろりと感情を吐露してしまったりして。
ドキュメンタリ-見てて、給食のおばちゃんとか、町工場の人とか、
養豚場の人とか看護師とか、みんなすごいかっこよく見える。
なにかのために、まっすぐ、一生懸命生きてる人って
やっぱりかっこいいんだな。
人の役に立つとか、人を感動させるとか、人を笑顔にさせるとか、
ホントそういう、人を“動かす”力ってすごいな。
最近は変な夢ばっか見る。スト-リ-も場面設定も摩訶不思議だし
なんでこの人? っていう人がよく出てくる。
それがわたしの深層心理だとすると…、どういうこと? 謎だらけ。
今日のおやつはハリッツのド-ナツ。
シナモンのと、クリ-ムチ-ズの、半分こずつにしたら
ド-ナツの穴は穴じゃなくなって、端っこになった。
あ、もう朝。夢の世界へ。
ホットケ-キ
実は、というほどたいした話ではないのだけど、ホットケ-キが大好きです。
(パンケ-キ流行ってるけど、あの薄くてふわふわとろけちゃう~ってのより
ある程度ぷっくりして焼き目とかも付いてるホットケ-キのほうがわたしは好き)
ひとり暮らしをしていたときは、ちょいちょい(主に休日のブランチに)作って食べていたのだけど
最近めっきりごぶさた。あ~食べたい、ホットケ-キ食べたいよ~と、思いがぱんぱんになって
禁断症状が出てしまう有様。それでも作らないのは最近本当にグ-タラだからです。
ツクルグライナラタベナクテイイワ的な。
そして思い出した。
高校の頃、ときどき行っていた喫茶店のホットケ-キがめちゃくちゃおいしかったことを。
その喫茶店とは、明大前「スプ-ンハウス」です。
高校の卒業式の日に行って以来だから、15<X<20年以上ぶり-。
でもけっこう覚えてるもので、道も迷わなかったし、ドア開けた瞬間、記憶が甦った。
店のおじさん(ご主人? マスタ-?)も全然変わっていない気が。
ここオムライスとかスパゲッティとかもたしかおいしかったの。
でも迷わずバタ-ホットケ-キでしょ。注文を受けてから、焼いてくれるので
少し時間はかかるのだけど、待ってる間にわくわく感が高まるってもの。

ホットケ-キキタ-!!!!!
自分ではなかなかできない、この厚み。周りのちょっと硬いところとかもたまらんち。
写真には写っていませんが、バタ-がたっぷり付いてきます。
(そりゃバタ-ホットケ-キだからねぇ)
わたしはバタ-たっぷりにシロップちょっと、というのが好きです。幸せの味~。
卒業式のあとも、ここでホットケ-キ食べたな-。
あのとき何話してたんだろう-。あの頃の友だちはどうしてるかな-。
などと想いを巡らせながら食べていたら、あっという間に完食。
(「完食」って言葉、辞書に出てこないんだけど造語?)
店の雰囲気も良くて、ついつい読書しながら長居してしまいました。
途中で近所のおじさんがコ-ヒ-飲みにやってきて店主とおしゃべり。
その話が気になって本読めなくなったけど、そういうのもなんか良くてね。
「今日は610円です」という、その物言いもなんとも温かいし
飲み物付きで610円という価格設定も素敵すぎる-。また行きますっ!!
明大前、なんかどんどん変わっていく印象が否めず、寂しさを感じていたりもしたんだけど
変わってないものもあったのね。
帰ってから、ホットケ-キ好きの方(いるのね-)のブログとか見てたら
意外にも京王線エリアのレベルが高い、ということが判明。
ヤバイ、行くしかないじゃないのよ-。もちろんスプ-ンハウスも出てました。
(パンケ-キ流行ってるけど、あの薄くてふわふわとろけちゃう~ってのより
ある程度ぷっくりして焼き目とかも付いてるホットケ-キのほうがわたしは好き)
ひとり暮らしをしていたときは、ちょいちょい(主に休日のブランチに)作って食べていたのだけど
最近めっきりごぶさた。あ~食べたい、ホットケ-キ食べたいよ~と、思いがぱんぱんになって
禁断症状が出てしまう有様。それでも作らないのは最近本当にグ-タラだからです。
ツクルグライナラタベナクテイイワ的な。
そして思い出した。
高校の頃、ときどき行っていた喫茶店のホットケ-キがめちゃくちゃおいしかったことを。
その喫茶店とは、明大前「スプ-ンハウス」です。
高校の卒業式の日に行って以来だから、15<X<20年以上ぶり-。
でもけっこう覚えてるもので、道も迷わなかったし、ドア開けた瞬間、記憶が甦った。
店のおじさん(ご主人? マスタ-?)も全然変わっていない気が。
ここオムライスとかスパゲッティとかもたしかおいしかったの。
でも迷わずバタ-ホットケ-キでしょ。注文を受けてから、焼いてくれるので
少し時間はかかるのだけど、待ってる間にわくわく感が高まるってもの。

ホットケ-キキタ-!!!!!
自分ではなかなかできない、この厚み。周りのちょっと硬いところとかもたまらんち。
写真には写っていませんが、バタ-がたっぷり付いてきます。
(そりゃバタ-ホットケ-キだからねぇ)
わたしはバタ-たっぷりにシロップちょっと、というのが好きです。幸せの味~。
卒業式のあとも、ここでホットケ-キ食べたな-。
あのとき何話してたんだろう-。あの頃の友だちはどうしてるかな-。
などと想いを巡らせながら食べていたら、あっという間に完食。
(「完食」って言葉、辞書に出てこないんだけど造語?)
店の雰囲気も良くて、ついつい読書しながら長居してしまいました。
途中で近所のおじさんがコ-ヒ-飲みにやってきて店主とおしゃべり。
その話が気になって本読めなくなったけど、そういうのもなんか良くてね。
「今日は610円です」という、その物言いもなんとも温かいし
飲み物付きで610円という価格設定も素敵すぎる-。また行きますっ!!
明大前、なんかどんどん変わっていく印象が否めず、寂しさを感じていたりもしたんだけど
変わってないものもあったのね。
帰ってから、ホットケ-キ好きの方(いるのね-)のブログとか見てたら
意外にも京王線エリアのレベルが高い、ということが判明。
ヤバイ、行くしかないじゃないのよ-。もちろんスプ-ンハウスも出てました。
地元密着型

土曜日。てくてく歩いて地元シネコンでレイトショ-。
「リアルスティ-ル」
これ観るつもりなかったんだけど
予告でけっこうそそられたのと
レビューがなかなか良かったので
行っちゃう? みたいになり…
いや、格闘シ-ンとか
おもしろかったんですけど-
漢字だらけのロボットとかも
個人的にすごく好きだったんですけど-
ヒュ-・ジャックマンもダコタくんもよかったんですけど-
でも“感動”“号泣”には???って感じです。
親子のどうこうってスジはうっす~い感じがした。
だったらもう、ロボットの格闘ってのと親子のどうこうってのをMIXしないで
ただのロボット格闘映画で良かったんじゃないかと思ってしまいました。
(ま、そしたら観に行く人減るだろうけど-)
や、完全に個人的な見解です。
日曜日。
我らが多摩が誇る(?)パルテノン多摩によしもとがやってくるっていうんで
ちょいと行ってきました。
いや~大ホ-ル(1500人ぐらい)満員だって。しかも2回とも。よしもとすごいな。
でもお笑いライブはもうちょっと近いところで見たいなって気がしました。
顔がちゃんと見えないし(顔ネタとかわかんないのよ)。
客席からフツ-にト-クに乱入した素人のおばちゃんがいちばんおもしろかったかも-
週末2日とも地元エンタ-テインメントなんて初めてだな。
もうちょっと地元活性化してくれないかな-(ザ・ひとまかせ)。
Macau

かの国の方や、かの製紙会社のお方で
なにかと話題のマカオですが
わが姉妹も11月に行ってきたのですよ、マカオ。
世界遺産など街ブラと食がメインの旅。
ギャンブルなどはいっさいせず。
最近マカオ熱が再燃ぎみ。
わしらマカオ料理(ポルトガル料理?)に
はまってしまったのです。
だってどこでなに食べてもおいしかったんだもん。
ワインもおいしかったし。
この欲望、都内のポルトガル料理屋で満たされるかな。
やっぱ、も1回、行っ、ちゃ、う??
いやいやいや、お金ないし…。
と、とりあえずGoogle earthと旅写真でマカオに
想いを馳せているところ。
(写真からはまったく魅力が伝わらないのが残念)
サウダ-ヂ
数日前。オ-ディトリウム渋谷で観てきた「サウダ-ヂ」。
帰国後、けっこう映画を観てる。
来月もいろいろ観たいのあるな~。
前売りが売切れとかで、久々に定価で。
1800円は高いよな~と思ってしまう。
いつもサ-ビスデ-とか前売りとかで観るからさ…。
“saudade” 一言では説明できないポルトガル語。
郷愁、情景、憧れ。そして、追い求めても叶わぬもの。
(公式HPより)
“サウダ-ジ”
ポルトガル語が公用語となっているポルトガル、ブラジル、アンゴラなどの国々で、
特に歌詞などに好んで使われている。単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、
温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、
大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情を意味する言葉と言われる。
だが、それ以外にも、追い求めても叶わぬもの、いわゆる『憧れ』といったニュアンスも
含んでおり、簡単に説明することはできない。
ポルトガルに生まれた民俗歌謡のファド (Fado) に歌われる感情表現の主要なものであると
いわれる。(ウィキペディアより)
無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分、
大人に成長した事でもう得られない懐かしい感情。
なんかわかるな~。
子どものころは自分の街の、それもほんの一部がすべてだった。
少しずつ外に外にと出て行ったけど
それで大きな人になれたというわけではない。
映画のあと、渋谷の街をぷらぷら。
5、6年前は渋谷で働いていたのでその辺りを歩いてみる。
週1ぐらいで行ってた老舗パン屋さんはまだあった。
相変わらずいい匂い。
同じく週1ぐらいで行ってたカフェはでっかいコンビニになってた。
いろんなあの頃。あの頃のいろいろ。
パンダ
昨日のこと。
久しぶりに、日本で働いているベトナム人の学生たちに
会って来ました-。
みんな元気そうでなにより。
すっかり日本の生活にも慣れてるみたいだし
日本語も上手になってるし
仕事も頑張ってるみたいだし
結婚した子なんかもいて
立派になったもんだな~、と感心。
ベトナム語(ハノイ弁?)聞いたのも久々で
あの独特の、波のような声調がなつかしかった-。
で、なぜかみんなで上野動物園。
楽しかったけど、冬の動物園はきつい。
あったかい両生爬虫類館が混み合ってました-。
久しぶりに、日本で働いているベトナム人の学生たちに会って来ました-。
みんな元気そうでなにより。
すっかり日本の生活にも慣れてるみたいだし
日本語も上手になってるし
仕事も頑張ってるみたいだし
結婚した子なんかもいて
立派になったもんだな~、と感心。
ベトナム語(ハノイ弁?)聞いたのも久々で
あの独特の、波のような声調がなつかしかった-。
で、なぜかみんなで上野動物園。
楽しかったけど、冬の動物園はきつい。
あったかい両生爬虫類館が混み合ってました-。
< 前のページ
次のページ >
最新の記事
| 日本語について少し考えさせて.. |
| at 2012-01-31 03:00 |
| 知らない街に行ってみた |
| at 2012-01-29 00:00 |
| 旧正月に想うこと.. |
| at 2012-01-26 01:00 |
| 韓国な日。 |
| at 2012-01-23 14:30 |
| 初雪ド-ナツ |
| at 2012-01-21 04:00 |
最新のコメント
| いいなーWii。わたしは.. |
| by 777plus7 at 02:34 |
| ども、ごぶさたです=3 .. |
| by white-lotus777 at 16:24 |
| 日本満喫ですね~。 脱.. |
| by white-lotus777 at 00:38 |
| どもども。映画おもしろか.. |
| by 777plus7 at 17:00 |
| この映画、わたしも観たい.. |
| by white-lotus777 at 09:03 |



